聖心女子大学国際交流学科
2024年秋学期
人的資本とは
教育、訓練、健康(保健)など、人間の生産性を高める無形資産。
古くはアダム・スミスにその概念が見出されるが、近代になって提唱したのがアメリカの経済発展を研究した Schultz (1960); Schultz (1961); 賃金を職歴と教育水準に関連づける実証研究をした Mincer (1974); 最適な人的資本投資に関する理論的貢献をした Becker (1962); Becker (1964) など。
教育水準や保健指標が優れているほど所得は高いので、教育や保健の普及が所得を増やすかもしれない…
貧困の罠では経済全体が豊かになるメカニズムとその障壁を考えた
このセクションでは、個々の家計が豊かになるメカニズムを人的資本投資を通じて考える
先進国での1970年代以降の傾向
\[ \mbox{労働分配率} =\frac{\mbox{労働所得}}{\mbox{GDP}} =\frac{\frac{\mbox{労働所得}}{\mbox{人口}}}{\frac{\mbox{GDP}}{\mbox{人口}}} =\frac{\frac{\mbox{労働所得}}{\mbox{労働者数}}\frac{\mbox{労働者数}}{\mbox{労働力}}\frac{\mbox{労働力}}{\mbox{人口}}}{\frac{\mbox{GDP}}{\mbox{人口}}} =\frac{\mbox{平均労働所得}\times\mbox{就業率}\times\mbox{労働力率}}{\mbox{1人あたりGDP}}. \]
Schultz (1960) の疑問と仮説
人間への投資が労働生産性を高めているため (注意: 資本の質も高まっている、AI/ICT)
人間への投資の成果=人的資本human capital
人間を資本という物として捉えるのは当時(現在も?)「けしからん」
Becker (1964) もHuman Capital: A theoretical and empirical analysis, with special reference to educationなどと副題を付けた
人的資本の分類
知識生産=研究開発(R&D)活動
模倣されると利益が減るので、知識生産は社会的に最適水準よりも少なくなりがち
特許patents、著作権copyright、商標trademarkなどで知的財産権を保護して少なくなりすぎないようにする
原則は理解されても、保護や違反摘発・懲罰の適切な水準に合意がない
人の中で知的能力はどのように成長するでしょうか
学校教育を考えます
通学すると学習し、人的資本(知的能力)を蓄積し、生産性が高まります
生産性が高いほど稼ぎが増えます
では、できる限り長く学校に通うべきでしょうか?
いいえ、ある段階で止めて働かねばなりません
いつ止めるかどのように決めるべきでしょうか
止めるタイミングを理解するには理論が必要になります
Baland and Robinson (2000) モデル: 2期間モデルを考えます
合理的な子ども: 便益と費用を考慮して教育水準を決める
教育水準を決める=第1期の時間配分(就学 vs. 就労)を決める
単純化の仮定
以下の場合、親は子どもが判断するよりも児童労働就労時間を長くして、子どもの児童労働所得で自分の効用を高める
意志決定者が子どもか親かによって人的資本投資額が変わる
教育の人的資本仮説: 学歴水準の決定=生産性向上手段
人生効用最大化のために子どもは何を決めるか
理解の段取り:
ミクロ経済学: 限界収入=限界費用(MR = MC)
生涯効用を最大化する最適な学歴水準\(l^{*}\)(第1期の就学時間)は下記を満たすはず
第1期の時間配分は現時点での(限界)費用と将来時点の(限界)便益をバランスさせるように決まる
MR\(>\)MCのとき=\(l<l^{*}\)のとき
⇒ \(l\)↑ ⇒ \(MR-MC\)だけ純利益↑
MR\(<\)MCのとき=\(l>l^{*}\)のとき
⇒ \(l\)↓ ⇒ \(MR-MC\)だけ純利益↑
⇒ 等号(MR=MC)ならば純利益改善の余地がない
連続関数の最大化: 限界収入=限界費用(MR-MC=0) (図解: 微分)
\(t\)期の消費\(c_{t}\)よる効用\(u(c_{t})\), \(t=1,2\)
初期資産\(A\)、貯蓄\(s\)、就学時間\(l\)、児童労働賃金\(w\)
| 日本語 | 数式 |
|---|---|
| 就労時間 | 24-l |
| 児童労働所得 | w×(24-l) |
| 児童期消費 | w×(24-l)+A-s |
| 児童期効用 | u{w(24-l)+A-s}=u(c1) |
| 成人所得 | h(l) |
| 成人期消費 | h(l)+Rs |
| 成人期効用 | u{Rs+h(l)}=u(c2) |
生涯効用最大化問題として今期所得と来期所得のトレードオフを考える
生涯効用最大化問題として児童労働時間=\(24-\)就学時間=\(24-\)人的資本投資時間を考える
\[ \begin{aligned} \max_{\{s, l\}} \;\;\; & u(c_{1})+\beta u(c_{2}) \hspace{1cm} &&\color{blue}{\scriptsize{\mbox{$s,l$を操作して生涯効用$u(c_{1})+\beta u(c_{2})$を最大化}}}\\ \st \;\;\; & c_{1}=w(24-l)+A-s &&\color{blue}{\scriptsize{\mbox{$c_{1}$は児童労働所得+資産-貯蓄}}}\\ & c_{2}=h(l)+Rs &&\color{blue}{\scriptsize{\mbox{$c_{2}$は成人所得$+R*$貯蓄}}} \end{aligned} \]
2つの制約を目的関数に代入すると、制約条件を組み込んだ目的関数になる \[ \max_{\{s, l\}} \;\;\; u\left\{w(24-l)+A-s\right\}+\beta u\left\{h(l)+Rs\right\} \]
FOCs \[ \begin{aligned} \frac{\partial F(l, s)}{\partial l} &= \frac{\partial u\left(c_{1}\right)}{\partial c_{1}}\frac{\partial c_{1}(l, s)}{\partial l} +\beta \frac{\partial u(c_{2})}{\partial c_{2}}\frac{\partial c_{2}(l, s)}{\partial l}=0, \\ \frac{\partial F(l, s)}{\partial s} &= \frac{\partial u\left(c_{1}\right)}{\partial c_{1}}\frac{\partial c_{1}(l, s)}{\partial s} +\beta \frac{\partial u(c_{2})}{\partial c_{2}}\frac{\partial c_{2}(l, s)}{\partial s}=0. \end{aligned} \]
FOCs
\[ \begin{aligned} \frac{u'\left(c_{1}\right)}{u'\left(c_{2}\right)}&= \frac{\frac{\partial u\left(c_{1}\right)}{\partial c_{1}}}{\frac{\partial u\left(c_{2}\right)}{\partial c_{2}}} = -\beta \frac{\frac{\partial c_{2}(l, s)}{\partial l}}{\frac{\partial c_{1}(l, s)}{\partial l}} =-\beta\frac{h'(l)}{-w}=\beta\frac{h'(l)}{w},\\ \frac{u'\left(c_{1}\right)}{u'\left(c_{2}\right)}&= \frac{\frac{\partial u\left(c_{1}\right)}{\partial c_{1}}}{\frac{\partial u\left(c_{2}\right)}{\partial c_{2}}} = -\beta \frac{\frac{\partial c_{2}(l, s)}{\partial s}}{\frac{\partial c_{1}(l, s)}{\partial s}} =-\beta\frac{R}{-1}=\beta R. \end{aligned} \]
\[ wR=h'(l^{*}). \]
\[ \mbox{時間1単位wで働いて貯蓄したときの第2期所得増加分}=\mbox{時間1単位就学したときの第2期所得増加分} \]
児童労働の限界収益=人的資本投資の限界収益、となるようにすれば時間配分が最適になる
この条件式の特徴
FOCs
\[ \underbrace{u'\left(c_{1}\right)}_{\scriptsize{\mbox{$c_{1}$を減らした(貯蓄を増やした)ときの効用減少分}}} = \underbrace{\beta Ru'\left(c_{2}\right)}_{\scriptsize{\mbox{$c_{2}$を増やした($R*$貯蓄を増やした)ときの効用増加分の割引$\beta$現在価値}}} \]
所与の生涯所得の下、\(s\)を通じて消費を再配分することで各期の限界効用の合計は増えない状態
FOCs
\[ \begin{aligned} \hspace{-10cm}\underbrace{wu'\left(c_{1}\right)}_{\scriptsize{\mbox{就学時間$l$を増やして所得が$w$減ったときの第1期効用減分}}} &= \underbrace{\beta u'\left(c_{2}\right)h'(l)}_{\scriptsize{\mbox{$l$を増やしたときの第2期効用増分の割引$\beta$現在価値}}}\\ \scriptsize{\mbox{就学の限界費用(を効用評価)}} &= \scriptsize{\mbox{就学の限界収入(を効用評価)}} \end{aligned} \]
\(l\)を通じて各期所得を変化させることで各期の限界効用の合計は増えない
経済学でよく使われる仮定
\[ wu'\left\{w(24-l)+A-s\right\}=\beta u'\left\{h(l)+Rs\right\}h'(l). \]
\(wu'\left\{w(24-l)+A-s\right\}\)は\(l\)が大きいほど括弧\(\left\{\cdot\right\}\)の中が小さい
\(\implies\) \(u'\left\{\cdot\right\}\)が大きい (\(\because\)限界効用逓減)
\(\implies\)
\(u'\left\{h(l)+Rs\right\}h'(l)\)は\(l\)が大きいほど\(u'\left\{h(l)+Rs\right\}\)も\(h'(l)\)も小さくなる (\(\because\)限界効用逓減、限界生産力逓減)
\(\implies\)
\(wu'\left\{w(24-l)+A-s\right\}\)と\(\beta u'\left\{h(l)+Rs\right\}h'(l)\)が交わるために必要な条件
\(y\)軸上(\(l=0\))で
\(l=24\)で
\(\iff\)
\[
\begin{aligned}
wu'\left\{24w+A-s\right\}&<\beta u'\left\{h(0)+Rs\right\}h'(0)\\
wu'\left\{A-s\right\}&>\beta u'\left\{h(24)+Rs\right\}h'(24)
\end{aligned}
\]
\[ \begin{aligned} wu'\left\{24w+A-s\right\}&<\beta u'\left\{h(0)+Rs\right\}h'(0)\\ wu'\left\{A-s\right\}&>\beta u'\left\{h(24)+Rs\right\}h'(24) \end{aligned} \]
1番目の不等式が成立しやすい条件
これら条件下では2番目の不等式も成立しやすい
最適な就学時間を選ぶと第1期の消費が少なすぎる場合、借入をして第2期に返済する
\(\gets\) 第2期の消費を第1期に移動させる
でも、借入に限度があって必要なだけ借りられないかも=信用制約credit constaintがある場合
\[ \underbrace{\mbox{第1期の限界効用}}_{u'(c_{1})}> \underbrace{\mbox{第2期の限界効用}}_{\beta Ru'(c_{2})} \]
第1期消費が少なすぎると第1期の限界効用が最適水準よりも高すぎる
信用制約 ⇒ 第1期消費が過小=\(u'(c_{1})\)は最適よりも大きい ⇒ 図で\(u'(c_{1})w\)線は上方
信用制約 ⇒ 第2期消費は過大=\(u'(c_{2})\)は最適よりも小さい ⇒ 図で\(u'(c_{2})h'(l)\)線は下方
信用制約がbindするとき最大化の一階条件の2式の意味
\(s\)は負が最適だが、非負制約によって0が次善の選択 \[ \begin{aligned} u_{s} &=-u'\left\{w(24-l)+A-s\right\}+\beta Ru'\left\{h(l)+Rs\right\}{\color{red}<}0,\\ u_{l} &=-wu'\left\{w(24-l)+A-s\right\}+\beta h'(l)u'\left\{h(l)+Rs\right\}=0. \end{aligned} \]
\[ \begin{aligned} \frac{u'(c_{1})}{u'(c_{2})}&=\frac{u'\left\{w(24-l)+A-s\right\}}{u'\left\{h(l)+Rs\right\}}{\color{red}>}\beta R,\\ \frac{u'(c_{1})}{u'(c_{2})}&=\frac{u'\left\{w(24-l)+A-s\right\}}{u'\left\{h(l)+Rs\right\}}=\beta \frac{h'(l)}{w}. \end{aligned} \]
\[
Rw\color{red}{<}h'(l).
\] 意味: 追加で微少時間就労して\(w\)を稼いで貯蓄して成人消費が増える分=\(Rw<h'(l)\)=追加で微少時間就学して成人消費が増える分 ⇒ 限界費用<限界収入 ⇒ 児童期の
\(A\)が大きい ⇒ \(-u'\left\{w(24-l)+A-s\right\}\)の絶対値が小さい ⇒ \(u_{l}(0)=-u'\left\{w24+A-s\right\}+\beta Ru'\left\{h(0)+Rs\right\}>0\)になるかも ⇒ 交点を持つ
この枠組みでは、第1期目に投資、第2期目に回収する
投資は資金投下と回収の時期が違う: 他者の資金が必要な場合、ファイナンスされないことがある
第1期目に第2期の投資収益を利用できれば=借入ができれば、効用を最大化するように最適な人的資本投資ができる
しかし、第2期目の所得を担保に借入ができなければ、資産が少ない家計では第1期の消費を優先して就学時間が過小になる
収益性の高い投資機会が失われるので、当の
信用市場の失敗credit market failure: 収益性の高い投資に資金を提供できない
政府などが奨学金を貸与すると解決できる、贈与は不要
人々の学習などの成果が人的資本として生産性を高め、物的資本や物的労働量以上に経済を発展させていく
人々は現在の(児童労働)賃金(=就学費用)と将来の賃金増加を勘案して人的資本投資を決める
では、現在と将来の賃金はどのように決まるのか?
労働市場の需要と供給を均衡させるように決まる
では、労働需要と労働供給はどのように決まるのか?
より対象を絞って考えると、人的資本投資をして技能が向上した労働への需要はどのように決まるのか?
インドの経済政策目標: inclusive growth
高卒や大卒の中産階級が増えて、都市部で近代的な生活を始める
準技能(semi-skilled)労働を求めた海外直接投資(FDI)、中産階級の消費が成長をもたらす
しかし、恩恵は貧困層になかなか及ばない
労働需要が高まっている部門・職業に雇用される必要がある
inclusive growth「成長過程に貧困層が参加すること」が必要と言われるが、低技能労働需要は少ない
2000年以降のインドの経済成長は(良くて)小卒程度の学力しか持たない農村貧困層への労働需要を飛躍的に高めるとは思えない
農村部での公教育の質改善無しにはexclusive growthになる
Tinbergen (1975), Katz and Murphy (1992), Acemoglu (1998), Acemoglu (2002), Goldin and Katz (2009) のアイディア
技能のプール
⇩
技能偏向的技術変化
skill-biased technological change
⇩
企業による技能偏向的技術の採用
⇩
技能労働需要
技能のプールが発生するきっかけは?
アメリカ20世紀初頭high school movement
アメリカ1970年代
技能の高い人口が増えると技術が開発され、採用され、(高)技能労働への需要が増える
技能偏向的技術変化があるとき
人的資本投資へのアクセスが容易で技能労働供給が潤沢 ⇒ 技能を積んで収入を高める人↑ ⇒ 賃金格差↓, 経済成長↑
人的資本投資へのアクセスが一部のみが可能 ⇒ 技能労働供給が限られる ⇒ 賃金格差↑, 経済成長↓
アメリカで大卒人口が増えないのは教育産業の容量上限ではない
日本の大卒新卒賃金プレミアム
近年の格差: MITのDavid Autorを引用
近年の格差の原因: 諸仮説
先進国では人的資本投資の停滞や労働需要の質変化が格差の原因として考えられる
アメリカなど(先進国)では高等教育へのアクセスが不十分なために高技能供給が停滞
1980年代以降の技能偏向的技術進歩による高技能需要の高まりが高技能供給停滞と相まって高技能賃金を高め、高技能保有者とそれ以外の格差を拡大
2000年前後の対策: 高技能供給を増やすことが格差縮小手段の1つのはずだった
現在: アルゴリズム化できる技能codifiable skillsはAIに代替されるため、高技能でもアルゴリズム化しにくい内容という制約が加わった
技能偏向的でデータ集約的技術進歩で求められる技能=AIとAIが用いるデータを補完する高技能、であれば、データ集約的な技術進歩とともに労働需要が高まる
途上国の場合、自国で技術開発されることは少なく、多くが輸入された技術
Jerzmanowski and Tamura (2019): 各国の技能別人口データを使って推計
Okoye (2016): 「適正技術論」の内容は現実と逆
どのような産業を呼び込むか、どのような労働供給を想定するかによって、自国で用いられる技術は変わる
政府による政策選択が違いをもたらすかもしれない
最近では賃金上昇と需要の細分化(多品種少量生産): 生産の自動化
Baland and Robinson (2000) model relates to MDGs (Milleneum Development Goals) and SDGs (Sustainable Development Goals)
「(成長過程に参加して)豊かになる手段としての人的資本投資」で考えるべきこと
SDGs: 質の高い教育機会を保証することに留まり、どこまで技能を得れば最適か(生涯効用が最大化するか)は議論していない
政府は、進学しそうな人数、進学してほしい人数を想定して、教育機会を供給するはず
India: Rights to Education Act (April, 2010)
Free and compulsory education: obligation of Central and State governments
Affirmative action: Makes a provision for any school to admit low caste children
What happened after RTE?
It is good to send children to schools
Only if they are learning
進級しているが、学力が伴っていない。公立、私立、男女、いずれも低い。
SDGs04: Quality education for everyone質の高い教育をみんなに